インバウンド観光客は温泉に興味がない?関心度と興味がない理由を徹底調査!

Hitomi Kuroda

日本は今、かつてないほどのインバウンドブームに沸いています。外国人観光客の姿が溢れ、その多くが日本の独特な文化体験を求めています。「温泉」は多くの国で類を見ない、日本が世界に誇る貴重な観光資源でもあることから、「温泉地」もこの波に乗り、外国人観光客の受け入れ態勢を急速に強化していることでしょう。

しかし、本当に日本の温泉は、外国人観光客の間で「大人気」のアクティビティなのでしょうか。日本の観光情報サイトでは「温泉が訪れたい場所ランキング上位に」といった情報を見受けますが、果たしてそれは真実なのでしょうか。

この問いの答えを探るべく、当社が運営する英語情報サイト「Tokyo Cheapo」のユーザーを対象にアンケート調査を実施しました。日本の温泉に対する実際の関心度、そして、「興味がない」と回答したユーザーに、その理由を掘り下げて調査し分析しました。

衝撃!外国人観光客の過半数以上は「温泉に興味なし」?

温泉への関心度調査

アンケート調査は、「日本で温泉にトライしてみたいですか?」というシンプルな問いかけから始まりました。回答者597人から寄せられた結果は、予想を大きく裏切る意外な結果でした。

  • Yes: 38.2%
  • No: 61.8%

なんと、回答者の過半数、実に6割以上もの人々が日本の温泉に「興味がない」と回答したのです。

これは、日本の観光業界が抱く「温泉=外国人観光客に人気」というイメージと、大きくかけ離れた現実を示唆しています。巷で言われる「温泉がTOP10にランクイン」という情報も、今回の調査のように誰を対象に調査するかによって、全く異なる結果が出ることを示していたのです。

「温泉に興味がない」の本音は「裸」のハードル

温泉に興味がない理由についての調査

では、なぜこれほど多くの外国人観光客が日本の温泉に関心がないのでしょうか。その理由を探るため、「興味がない」と答えた人々に対し、さらに深掘りした質問を行いました。

そこで明らかになったのは、日本の温泉文化特有の「裸」に対する根強い抵抗感でした。

  • 知らない人の前で裸になりたくない: 25.4%
  • 友達や家族の前で裸を見せたくない: 15.3%
  • タトゥーがあるので拒否されるのを心配している: 10.2%
  • 文化的なタブーを犯すことになる恐れがある: 3.4%
  • 公共のお風呂が好きではない: 15.3%
  • 温泉の利用が難しい(何かの理由で):6.8%
  • その他: 23.6%

温泉を試したくない理由として最も多かったのは「知らない人の前で裸になりたくない」(25.4%)と「友達や家族の前で裸を見せたくない」(15.3%)で、この2つをあわせて全体の約4割を占めました。

一般的に、欧米の多くの国では、公衆浴場のような場所で裸になる習慣はほとんどありません。

例えば、ヨーロッパには源泉地(温泉や鉱泉)がいくつかあります。ブダペストのセーチェーニ、ゲッレールト、ドイツのバーデンバーデン、フランスのアルプス山脈やピレネー山脈などです。しかし、いずれも一般的に水着を着用する「SPA」形式が主流です。

中にはサウナなどで裸になるケースもありますが、それはあくまで一部の限られた空間でのことで、日本の「公衆浴場」のように見知らぬ人々と裸で湯船に浸かる文化とは大きく異なります。

異文化圏から訪れる人々にとって、この「裸の習慣」は想像以上に高いハードルとなっているようです。彼らにとって、温泉はリラックスや癒やしを求める場である一方で、「自分のプライベートな部分を公衆にさらす」という、これまでにない心理的なプレッシャーを感じさせる場所なのかもしれません。

タトゥーが温泉の壁に?多様化する観光客への対応

さらに興味深いのは、「タトゥーがあるので拒否されるのを心配している」という理由が10.2%を占めたことです。現代ではファッションの一部として広く受け入れられているタトゥーですが、日本では古くから反社会的なイメージと結びつけられ、温泉施設での入浴を拒否されるケースが少なくありません。

このタトゥーに対する日本側のルールは、外国人観光客が温泉体験を諦める大きな要因となっていることが分かります。せっかく日本に来たのに、文化的な背景を持つタトゥーを理由に伝統的な体験ができないというのは、彼らにとって残念な経験となっているようです。

文化と慣習の壁による見えないタブー

「裸」と「タトゥー」の問題に加え、「公共のお風呂が好きではない」が15.3%、「文化的なタブーを犯すことになる恐れがある」が3.4%という回答も注目すべきポイントです。

「公共のお風呂が好きではない」という理由は、衛生面やプライバシーへの意識の違いから来ている可能性もあります。また、「文化的なタブーを犯す恐れ」という回答は、宗教的な背景や民族性による文化的価値観の違いが、温泉利用への抵抗感に繋がっていることを示唆しています。

例えば、イスラム教では性別にかかわらず人前で裸になることを禁じられています。異なるジェンダー間の接触が厳しく制限されていたりする場合もあります。

日本の温泉が持つ「裸での入浴」の習慣や、それほど多くはなくとも「混浴」といった文化が、外国人観光客にとって「文化的なタブーを犯す行為」と映る可能性があることが伺えます。

そして、見過ごせないのが「温泉の利用が難しい(何かの理由で)」が6.8%、「その他」が23.6%という回答です。

これらの中には、言語の壁、利用方法の複雑さ、アクセスの問題、あるいは単に「興味がない」という個人的な嗜好など、さまざまな要因が複合的に絡み合っている可能性が考えられます。例えば、自由回答の中には、「ジェンダーの問題」を挙げる回答者もいました。

国別「関心度グラデーション」


アンケート調査では、回答者の国籍別に温泉への興味度合いを分析しました。これにより、一括りに「外国人観光客」と捉えることの危険性、そして国籍によって温泉への関心が大きく異なる「関心度グラデーション」が存在することが明らかになりました。

この表からは、いくつかの興味深い傾向が見られます。温泉への関心度がある程度ある国と関心度が低い国に分けて分析します。

関心度が中程度の国:アメリカ

アメリカ(52%)は、ほぼ半数の人々が温泉に興味を示している、比較的平均的な関心度を持つグループと言えるでしょう。アメリカは多様な文化が混在する国であり、さまざまな価値観を持つ人々がいるため、温泉への関心も二分されるのかもしれません。

関心度が低い国:日本在住者、シンガポール、カナダ、イギリス、オーストラリア、香港

そして、今回の調査で最も意外な結果を示したのは、日本に居住している外国人(Japan 39%)、シンガポール(33%)、カナダ(29%)、イギリス(25%)、オーストラリア(19%)、香港(0%)といった国々です。

イギリスやオーストラリアといった英語圏の国々が軒並み低い関心度を示していのは、タトゥー文化が比較的浸透している地域でもあり、前述の「タトゥーへの懸念」が温泉を敬遠する理由の一つとなっている可能性があります。

さらに注目すべき点は、日本に住む外国人(Japan)の「Yes」の割合が39%で、全体の平均(38.2%)とほぼ同じか、わずかに高い程度に留まっている点です。

日本に実際に住んでいる外国人であっても、温泉への興味は過半数を占めないという事実は、日本の温泉が持つ「裸の習慣」というハードルが、想像以上に大きいことを示唆しているのではないでしょうか。

彼らは日本文化に触れる機会が多く、温泉の情報も入手しやすいはずですが、それでも抵抗感があるというのは、やはり根本的な文化の違いに起因すると考えられます。

また、香港が0%という極めて低い結果を示しているのも衝撃的です。中華圏の観光客は日本のインバウンド市場で大きな割合を占めていますが、少なくともTokyo Cheapoのユーザー層においては、香港からの観光客は日本の温泉に全く興味がないということが明らかになりました。

これは、中華圏における入浴文化やプライバシーに対する考え方が、日本の温泉文化とは異なることを示唆しているのかもしれません。例えば、中国や台湾の温泉は、基本的に水着を着用して入浴します。

結果は調査対象者によって大きく異なる

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今回の調査は、Tokyo Cheapoのユーザーを対象に行われました。これは、英語圏の出身者、あるいは英語を理解できる層に限定された調査であるという点を考慮する必要があります。

もし、中華圏(中国本土、台湾など)の観光客を中心に調査を行えば、異なる結果が得られる可能性は十分にあります。

中華圏の国々には、古くから公衆浴場の文化が存在し、共同で入浴することへの抵抗感が比較的少ない傾向があるかもしれません。また、美容や健康に対する意識も高く、温泉の効能に魅力を感じる人も少なくないと考えられます。

温泉地のインバウンド対応はどうしたらいいのか?

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今回の調査結果は、日本の温泉地がインバウンド戦略を考える上で、非常に重要な示唆を与えていると言えます。単に「温泉は人気がある」という思い込みから脱却し、外国人観光客の多様なニーズや文化的な背景を理解することが、真の「おもてなし」につながる第一歩となるでしょう。

1. 「裸のハードル」を超える選択肢の提供

やはり最大の課題は「裸になることへの抵抗」です。これに対する解決策として、以下の点が考えられます。
水着着用可能なSPAの普及: 例えば、ヨーロッパの温泉地ように水着で楽しめるSPA形式が普及すれば、外国人観光客にとって受けれやすいでしょう。

プライベート貸切風呂の充実: 家族やカップルなど、親しい間柄で気兼ねなく温泉を楽しめる貸切風呂の増設は、プライバシーを重視する外国人観光客にとって非常に魅力的です。料金設定を柔軟にし、気軽に利用できるような工夫も必要です。

入浴マナーの多言語化と視覚化: 温泉の正しい入り方やマナーを、イラストや動画を交えながら、多言語で分かりやすく説明するツールを導入することも重要です。脱衣所での振る舞い、体を洗ってから入浴することの重要性など、日本の温泉文化を理解してもらうための情報提供が不可欠です。

2. タトゥーフレンドリーな温泉を増やす

タトゥーに対する日本の温泉業界の態度は、インバウンド客にとって大きな足かせとなっています。

タトゥーに対する柔軟な対応: すべての施設でタトゥーを全面的に受け入れることが難しい場合でも、例えば「カバーシール」の提供や、特定の時間帯・エリアでの入浴を許可するなど、柔軟な対応を検討してみてはいかがでしょうか。

タトゥーフレンドリー施設の積極的な情報発信: タトゥーがあっても入浴可能な温泉施設は、その情報を積極的に多言語で発信し、外国人観光客が安心して施設を選べるようにすることが重要です。専用のウェブサイトやアプリでの情報提供も効果的でしょう。

3. 文化・宗教的背景への配慮

多様な文化・宗教的背景を持つ外国人観光客を受け入れるためには、よりきめ細やかな配慮が求められます。
ハラル対応やアメニティの配慮: 特定の宗教上の理由でハラル対応が必要な場合や、特定の成分を含むアメニティが使用できない場合もあるため、それらへの配慮も重要です。

ジェンダー配慮の強化: 男女別の浴室が基本ですが、LGBTQ+コミュニティへの配慮として、例えば宣伝ツールに貸切風呂の充実や、ジェンダーニュートラルな文言を明記することも、多様な観光客を受け入れる上で役に立つでしょう。

4. 情報提供の最適化とアクセス改善

「利用の難しさ」という点も、温泉への敷居を上げている要因です。

多言語対応の強化: ウェブサイトや施設内の案内表示など、あらゆる情報を多言語で提供することが基本です。特に、緊急時の対応やアレルギーに関する情報など、安全に関わる情報は正確に伝える必要があります。

交通アクセスの改善: 温泉地によっては公共交通機関でのアクセスが難しい場所もあります。貸切バスの運行や、他の観光地との連携による周遊ルートの提案など、アクセス面での改善も重要です。

オンライン予約システムの充実: 外国人観光客が簡単に温泉旅館や日帰り温泉の予約ができるよう、多言語対応のオンライン予約システムを充実させることも、利便性向上に繋がります。

インバウンド市場で日本の温泉が盛り上がる未来の形

箱根小涌園ユネッサン|藤田観光株式会社

伝統的な温泉文化を変える必要はありません。むしろ日本の温泉文化は守りつつも、外国人観光客の多様なニーズに応える新たな「温泉体験」をオプションとして創造することが、今後の鍵となるでしょう。

今回の調査結果からは、日本の温泉をインバウンド市場でさらに盛り上げるには、柔軟な発想が必要であることが分かります。

例えば、水着で楽しめる箱根小涌園のユネッサンのような温泉アミューズメントパークやSPAはインバウンド市場で需要があるでしょう。

さらに、温泉地全体を「ウェルネスツーリズム」の拠点と捉え、温泉入浴だけでなく、ヨガやメディテーション、地元の食材を使った健康的な食事、自然散策など、さまざまなアクティビティを組み合わせた体験プログラムを提供するのも一案です。

裸になることに抵抗がある外国人観光客でも、足湯、手湯、蒸し湯など、より気軽に温泉の効能を体験できる方法を提案することも有効です。

また、SNSなどを活用した情報発信も重要です。実際に日本の温泉を楽しんでいる外国人観光客のリアルな声や体験談を、写真や動画で発信してもらうことで、潜在的な興味を持つ層にアプローチできます。特に、タトゥーフレンドリーな温泉や、水着着用可能な温泉の存在を積極的にアピールすることは、これまで温泉を諦めていた層に響くはずです。

まとめ

日本の温泉には、豊かな泉質と美しい景観がある世界に誇るべき観光資源です。しかし、今回の調査が示すように、文化的な壁や慣習の違いが、その魅力を十分に伝えきれていない現状があることも事実です。
外国人観光客一人ひとりの背景に寄り添った「多様な癒やしの形」を提供することで、日本の温泉地は真の意味で国際的な観光地へと進化を遂げることができるでしょう。

温泉が、単なる「入浴施設」ではなく、異文化理解を深め、心身を癒やす「体験」の場となるために、私たちは何をすべきか。

今回の調査結果は、その問いへの答えを探るための重要な羅針盤となるはずです。インバウンド市場における日本の温泉地の未来は、柔軟な発想と異文化への深い理解にかかっています。

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